谷塚駅の近くの洒落たお店で彼と初めて飲んだ。
あれは、たしか2年前くらいのことだったと思う。
偶然、知り合ったカット専門店のオーナーに食事に誘われた。
話の内容は、大して難しい話ではなかった。
彼のお店のチラシを作って欲しいというものだった。

そして、2年が経った。

僕はタイにいて、目の前の彼はタイ人のヘアカットをしていた。
そこは世界中のバックパッカーの聖地、カオサンロード。
僕は彼を写真に収めていた。
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そんな話。



2年前に彼のお店のチラシを作ってから、名刺やのぼりを作るようになった。
別に僕は名刺やチラシを作る職業ではないが、彼は僕にそんな仕事を頼んだ。
そんな関係が続いた後、「タイに行かないか。」と誘われた。
理由を聞くと、タイが好きで、タイで仕事をしたいという話だった。
とりあえず、タイに一緒に行くことにした。
それが一年前くらいの話。

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【バンコク カオサンロード】



私はタイに行ったこともなく、タイがアジアの国のひとつだという位の
知識しかなかった。まさか、その後、たった一年くらいの間に
4回もタイに行くことになろうとは思いもしなかった。



「タイでヘアカットがしたい。」

「タイで仕事をしたい。」

そんな彼の夢みたいな話は、タイに行く度に少しずつ現実的になっていった。
それは良い意味でも、悪い意味でも、現実的になっていった。
行く度にタイで仕事をする難しさ、ヘアカット店を経営する難しさを
実感することになる。
しかも、彼は英語も堪能でなければ、タイ語が話せるわけでもない。
現地で強力なコネクションがあるわけでもない。

タイでヘアカットをする。

その為には、まずは現地語を修得したり、現地の法律を学んだり、
タイ人の文化や気質を学ぶ必要もある。
でも、彼は語学が堪能でもなければ、海外での経営学を学んでいるわけではない。
ただ、彼がひとつだけ持っていたもの。
それは、「できない理由」ではなく、
「自分ができること」で、出来る方法を探すチカラがあったこと。

それが彼の「才能」だと気づくには、そう時間はかからなかった。



英語もタイ語も堪能で、何でも出来れば素晴らしい。
けれど、誰しもが全てにおいて優秀とは限らない。

私が知る限りでは、彼は自信家でも無ければ優秀な方だとも思わない。
経営者と言えば聞こえは良いが、一般的な経営者とは少し違う。
どちらかといえば、自分に自信がない方だと思う。

自分の力のなさに嘆くヒマがあるなら、今自分ができることで
勝負するしかない。
彼は「ヘアカット」ができる。ハサミだけあればいい。
そう思って彼が行動したかどうかは僕は知らない。

ただ、彼が歩みを止めることはなかった。



同行した4回目のタイ旅行で彼はタイでボランティアカットすると宣言して、
彼は様々な場所でカットした。

カットした人数は40人を超えた。

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僕は、今回の旅行で何のコネクションもない彼が、
無謀とも言えるボランティアカットに成功するとは思っていなかった。

後日、彼から聞かされた話だが、やはり周りの人からも
難しいからやめた方がいいと諭されたという。

言葉も流ちょうに話せるわけじゃない彼が
いきなりタイ人をヘアカットできるとは誰しもが思えなかっただろう。
僕もそのうちの一人だ。

入念な準備があるようには見えなかったし、何よりも初めて同行してから
一年も経ってなかった。
もしかしたら、今回の旅行で、一人も切れないかもしれない。
何の成果がないかもしれない。
だから、僕は初めてその話を聞かされたとき、同行することを断った。

しかし、結果的に彼は40人以上のヘアカットに成功した。


「タイでヘアカットをする。」

そんな夢みたいなことを言い出した一年前。
たった一年後にその一部を実現した彼が出した答え。
それは意外なものだった。

「タイでお店は開かない。」


彼は帰国後のブログでそう綴った。


最初から、わかりきった答えだったのかもしれない。
海外でお店を展開することは、とても難しいことだ。
彼自身も、そんなに簡単じゃないと感じていたはずだ。
それでも彼は、一歩ずつだが自分のやりたいことに向けて
進んでいたし、大きな一歩を踏み出したはずだ。

しかし、彼が選んだ答えは成果とは真逆のものだった。

最初から、無理だと諦めることもできたと思う。
彼が時間やお金を使い、周りの協力も得ながらやってきたこと。
それは、大きな回り道。
何もしなくても「タイでお店は開けない。」と諦める方が
よほど賢いのかもしれない。



彼がしたことは、多くの人には無駄に映るだろう。
彼は今まで通り、日本で自分が経営するお店を大切すると言った。
正直に言えば、それは今までとは変わらない。
彼がタイに何回も訪問し、最後には現地でカットできた。
「さぁ、次の一歩だ」と、踏み出す勇気よりも諦めることを選んだ。

夢を追い続けることは大事なことだ。
それが夢であれば見続ければいいだろう。
しかし、それが現実の未来へと変わったとき、
彼が自らその歩みを諦めた「理由」。
その「理由」は、彼を知るものであれば誰でもすぐわかることだろう。
彼は1人の夢見る男でもあると同時に経営者だ。

「お店の社員やスタッフを今まで以上に大切にしたい。」

そう言い切る男が、僕の知っている男。

それが「浅子太一」だ。



彼の環境は今までとは何も変わらない。
しかし、タイで過ごした時間、経験したこと。
彼から見た世界はあの時からまったく違う世界に映るのではないか。

僕はそう思う。

もちろん、タイでの非現実的な体験に対して、日本での現実的な風景が
色あせて見えるのかもしれない。
けれど、きっと彼が遠回りして、色々な風景を見て感じて、学んだことは
どんな本やどんなセミナーよりも貴重な体験だったはずだ。

そして、お金ではけっして買えない、大きな「自信」を手に入れたと思う。

多分。



世界のバックパッカーの聖地、バンコクのカオサン通りで
「現地のタイ人に応援されながら、ストリートカットをした日本人」は
今までもいなかっただろうし、これからも現れないと思う。
そういう意味では、彼は歴史上でたった一人の存在になったんだと思う。

歳を取れば取るほどに、多くの経験を積み、沢山の知識を得る。
だから、歳を取るほどに知識をひけらかし、行動には目的や理由という言い訳が必要になる。
生きていく上では、今までの経験や知識を参考に「失敗しない、無意味なことはしない」と
いう選択は大切なことである。
僕もそうであるし、きっと多くの人はそうだろう。


何のために。


理由をつけようと思えば、いくらでも並べることはできるだろう。
でも、そんな理由を沢山並べて、誰かを納得できたとしても
自分を納得する材料にはならないと思う。

彼がタイでカットをした理由。

ただしたいから、そうしただけ。


タイが好き。ヘアカットができる。
だから、タイでヘアカットがする。
彼の本音を僕はわからないが、
僕が考えた理由はこれしかないと思う。

僕は彼の行動は理解できない。時間とお金の無駄だとも思う。
けれど、理解する必要はないとも思ってる。
彼は、自分がしたいことをしているだけ。
そこに本来は他人の理解など、必要ないのかもしれない。


タイで最後の夜、私が彼に尋ねた言葉。

「タイでヘアカットしてどうだったか。」


彼はすぐさまに、こう答えた。

「人の力を借りなければここまで来れなかったよね。」

「もうそれだけだよね。」


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彼はラッキーだった。そう思う人はいるかもしれない。

偶然知り合った人、つながりや縁があって、彼はタイでヘアカットができた。
色々なタイミングが重ならなければ、きっとカオサンロードでカットすることは
できなかったし、孤児院でもカットはできなかった。

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「奇跡」といえば、「奇跡」なのかもしれない。

けれど、一年間、彼と一緒に何回もタイに行ったからこそ
わかることがある。
彼が経験できたことは、奇跡でも偶然でもない。
そして、彼が言ったように、彼ひとりの力で実現できたことでもない。

わかっていることは、
多くの人が彼のために動き、彼に協力した結果だということ。
そして、彼がその為に、ひとつずつ積み重ねていったこと。
だから、これは「奇跡」ではないと思う。
ただ、そうなるように彼も、そして彼の周りも行動しただけのこと。


彼は「人のつながり」を大切にした。
その「つながり」が「カタチ」になった。

それは「奇跡」と呼ぶかどうかは、人それぞれだと思う。


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あの場所で、彼は間違いなく主人公だった。

ファインダー越しに見る彼は、カッコよかった。


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浅子太一は、カット専門店「カットタイムヨーグルト」のオーナーだ。
社員やスタッフを何よりも大切にするオーナーだ。


この旅行で誰に感謝をしたいか。
彼にそう尋ねたら、沢山のタイ人の名前をあげた。

そして、最後にカットタイムヨーグルトのスタッフをあげた。



僕は、彼のことをあまり良く知らない。
2年前、谷塚駅で初めて彼と呑んだ。
少し変わった男なのかもしれない。そんな印象だった。

きっと、人として、すべてが素晴らしいわけではないと思う。
良いところばかりじゃなく、悪いところも沢山あると思う。


ただ、わかっていることは
カットタイムヨーグルトのスタッフを大切にし、
タイのカオサンロードでストリートカットをした男。

そして、ちょっと変わった男だ。